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アラフォースポーツライターの日米プロ野球コラム

国内のプロ野球からメジャーリーグについてまで盛り沢山!

中村紀洋のこれまでを振り返る

 近鉄、中日、楽天DeNAなどでプレーしてきた中村紀洋静岡県浜松開誠館高校の野球部コーチに就任する。しかし2014年にDeNAを退団後、正式な現役引退表明はしていないという。

 2001年には近鉄のリーグ優勝に貢献し、2005年にはメジャーリーグにも挑戦し、帰国後オリックスに入団するも、故障が相次ぎチームに貢献できず1年で自由契約となり、その後入団した中日では、チーム53年ぶりとなる日本一に大きく貢献し、日本シリーズMVPにも輝いている。ちなみに中日に入団したのは2007年のことだが、オリックス自由契約となって自主トレを続けるなかで真っ先に声をかけたのが落合元監督だった。中村曰く落合からかかってきた電話では「野球をやりたいか?」と言われ、本人は素直に「はい」と答えたという。こうして中日にテスト入団したわけであった。

 中日で2年間プレーし、2008年オフには2度目のFAを行使して楽天に移籍し、中日時代と同じく2年間プレーするも戦力外通告を受けてしまう。

 2011年に横浜ベイスターズ(現DeNAベイスターズ)に入団し、2013年には通算2000本安打も達成するが、2014年オフには自由契約を公示されてしまう。その後も引退は表明していないものの、他球団からのオファーもなく、本人も12球団合同トライアウトにも毎年参加していないところを見ると、実質的には引退と言ってもいいだろう。

 中村は現在43歳で、1992年に近鉄に入団しているが、全盛期はやはり近鉄が12年ぶりのリーグ優勝に輝いた2001年だろう。この年は全140試合に出場し、打率3割2分、ホームランも46本で、132打点挙げ、打点王を獲得している。一方この年中村は4番だったが、3番のローズが55本塁打という日本タイ記録をマークしており、その3番ローズがホームランを放った後に、4番の中村は走者なしの場面で打席に入ることも多かった。にもかかわらず132打点も挙げ、打点王に輝いているわけである。3番ローズが131打点、4番中村が132打点、5番磯部が95打点挙げており、実にクリーンアップ3人で358打点も挙げているわけである。

 この年、近鉄はリーグ優勝するものの、アメリカで起きた同時多発テロの影響でビールかけは自粛され、中村が初めてビールかけを経験するのは2007年に中日が日本一になった時だという。

 その2007年に中日が日本一になった時は、前述したように中村がMVPに選ばれたわけだが、ヒーローインタビューで涙ながらに「ドラゴンズに恩返しができてよかったです」と語っていた場面は非常に感動的だった。

 事実上引退している今、高校野球部のコーチに就任し、まだ甲子園出場経験のない高校を初出場へと導くと中村本人は意欲を見せているが、ゆくゆくはこれまでの実績を活かして、ぜひプロ野球界に監督として戻って来てくれることも期待したい。