アラフォースポーツライターの日米プロ野球コラム

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西武の猛追によって分からなくなってきたパリーグ

 パリーグ西武の勢いが止まらない。昨日3日に12連勝を飾り、2位楽天に4ゲーム差、首位ソフトバンクにも6.5ゲーム差で猛追している。まさに特急レッドアロー(西武鉄道の特急列車の愛称)の快走だ。

 何でも26年ぶりの12連勝だそうだ。26年前の1991年といえば、ちょうど森祇晶監督時代の黄金時代の真っ只中だ。森祇晶氏といえば、1986年から1994年まで9年間西武の監督を務め、8度のリーグ優勝、6度の日本一に輝いた名将だ。

 筆者は当時中学生だったが、埼玉県に住んでいたため、所沢の西武ライオンズ球場(現メットライフドーム)によく観戦しに行ったものだ。当時のパリーグといえば西武しか思いつくチームがないぐらい、毎年リーグ優勝していた記憶がある。実際には1989年だけ近鉄オリックスとの優勝争いに敗れたものの、この年優勝した近鉄とのゲーム差は0.5で、勝率もわずか2厘差だった。また、当時の日本シリーズは平日もデーゲームで行われていたため、昼休みや授業の合間に学校のテレビで観たものである。

 1991年は、投手は渡辺智男最優秀防御率、サウスポーの工藤公康(現ソフトバンク監督)が最高勝率のタイトルを獲得している。また打線はデストラーデが39本塁打、92打点で2冠王を獲得しており、この年もリーグ優勝を果たし、日本シリーズでは4勝3敗で広島を破っている。

 この頃の西武の打線は、1番辻(現西武監督)が出塁すると、2番平野が犠打で送って、3番秋山(前ソフトバンク監督)4番清原、5番デストラーデというクリーンナップにつないで得点していたものだった。

 1994年頃になると、渡辺、秋山、工藤、石毛といった、黄金期を支えてきた主力選手がこぞってダイエー(現ソフトバンク)に移籍するようになり、チームの弱体化がはじまった。森祇晶氏自身は1994年にリーグ優勝を決めた日に辞意を固めたようであった。

 話は現在に戻るが、セリーグは広島が2位阪神に10ゲーム差をつけて相変わらず独走しており、今日4日の試合に勝てばマジックが点灯するようだ。広島の優勝はほぼ決まりだろう。そしてパリーグだが、少し前まで楽天ソフトバンクの一騎打ちかと思われたが、西武の猛追によって上位3チームによる混線模様になりそうな気配だ。今日から西武は本拠地メットライフドームに首位ソフトバンクを迎えての3連戦だが、昨日までの勢いそのままに3連勝するようなことがあるとますます分からなくなる。シーズン終盤まで目が離せそうにない。